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考察 巻第3ー挽歌420~425 石田王 丹生王 磯城皇子 紀皇女

11月25日

万葉集には 一体誰なのかわからない方が よく登場します。
日本書紀にもきちんと載っていない方です。
有名な 額田王(ぬかたのおおきみ)は書紀にのっています。
万葉集で彼女は明らかに歌を沢山詠んでいるので
歌人ということで通っています。
玲子さんは 彼女の事を サイキッカーと 見ています。
王 というのは 祖父母か前の先祖が皇族とか
昔からの名だたる土地の支配者の子孫とか そういう身分の方の名前です
巻第3 挽歌 に登場する 石田王と丹生王は
伝不詳 という方々です。
王 という名前と時代から
恐らく 以前の天皇の外孫に当たる方でしょうか。。
謎です。。
なぜ この2人に辿り着いたかというと
天武天皇皇女である 紀皇女を調べていたからです。
紀皇女は 亡くなった時のことが日本書紀に記載されてない皇女です。
里中満智子氏の 漫画 天上の虹 で
あまりにも有名な役どころの方です。
色っぽくて美人で 軽皇子(少年の頃の文武天皇)の年上妻になります。 
そして 弓削皇子の愛人
そして 壮絶な死。。
と かなり ハードに描かれています。。
なぜ 文武天皇の妻かというと
梅原氏が 著書の中で お書きになったことだそうです。。
読んでなくてごめんなさい。
確かに不思議なのですが 文武天皇には皇室出身の妻がいないのです
天皇になれずに若くして亡くなった草壁皇子にはきちんと
皇室出身の妻がいたのに。。
持統天皇に死においやられた 従兄弟の大津皇子も
ちゃんと 皇室出身の妻がいたのにです。。
そう この当時 天智と天武の子ども達は
沢山いて 結構その中で 結婚をしているのです。。
なのに 文武天皇には いないのです。。
日本書紀に記載されていないのです。。
臣下 藤原不比等の娘 宮子 が妻として有名ですが
(彼女は 聖武を出産後 欝?になり 引きこもりになります)
普通 いて当然の 天智か天武の血をひく皇女を妻にしていないようなのです。。
それで 亡くなった事が記載されていない紀皇女が
実は 文武の妻であったのではないか?
そして 不倫か何かがあって
または 藤原氏の陰謀があって
正妻の座を引きずり下ろされたのではないか
と  考えられたわけです。
確かに 藤原氏にしてみたら 皇族の妃は いないにこしたことがないです。
宮子に子どもが生まれて うまくその子が天皇になれば
自分が外祖父になれるわけですから。
実際 宮子は 聖武天皇を産みます。
聖武天皇も 皇族出身の妻がいません。
まあ それは 聖武の妻 光明子の立后に反対した長屋王を
藤原4兄弟が 死においやったという事も
関係してるとは思います。 
とにかくその謎の人 紀皇女ですが。。
この石田王に関しての歌は 外せない歌なのです。。
420で 石田王は すでに亡くなっています。男性らしいです。
で その死を 丹生王が嘆いて ちょっと長い歌を詠んでいます
少し後に万葉集に登場する 丹生女王と 同一人物?と 言われています。。
つまり 女性ですね。。石田王の妻?とも言われています。。
421と422は 反歌です。
423は 石田王の死を 山前王が嘆いて歌を詠んでいます
この方は 忍壁皇子の息子さんです。
この歌は もしかして柿本人麻呂 が 代わりに詠んだかもと言われてます。
424と425は反歌です。
そしてこの反歌の詞書に この歌は 紀皇女が亡くなった後、
山前王が 石田王に代わって作った と書かれています。
ですので 謎の紀皇女は 石田王の妻であったのではないかといわれています。
さらに 紀皇女の謎を深める歌の一つに
巻12-3098 の歌があります。
高安王と会ったのがばれて 責められているときの歌で
おまえ(多分 家来?)のせいで怒られているのに 馬に乗って偉そうに登場するな
というような すごい激しい歌なのです。
(高安王とは かなり年下になるそうなので これは紀皇女ではなく
託基たきの皇女の間違いか、とも言われています)
そして 弓削皇子の 紀皇女を思って作った歌4首があり
紀皇女の 誰かを思って作った歌が一首 あります
かなり想像をかきたてられる生涯なのです。
そして 磯城皇子(しきのみこ)ですが
この方も 亡くなった年が日本書紀に記載されていません
玲子さんは 高松塚古墳を霊視したとき
1人の壮年の男性と もう1人妻か家族か若い身分の高そうな女性と
しき の言葉が浮かぶとおっしゃっていたので
むむむ。。と 私は一気に 魂を刺激されてしまいました!
しかも 高松塚は 呪詛のために持統天皇が作った古墳ということで
きっと被葬者は 磯城皇子だ~と 私は勝手に決めてみました
もう1人 天智天皇の息子で 志貴皇子(しきのみこ)がいますが 
この方は 持統天皇の死後に亡くなっているので 違いますね。
万葉集に登場する 謎の王 石田王と 丹生王
日本書紀に 亡くなった年が書かれていない 磯城皇子と 紀皇女。。
私は 4者の関係を 勝手に妄想してしまいました。。
持統天皇が怖いですが。。
次回 また 考察してみたいと思います

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