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考察 巻第3ー挽歌420~425 石田王 丹生王 磯城皇子 紀皇女 その参

1月26日

 

昨年書いた記事のその後です
丹生王=紀皇女 ということで 彼女の生涯を妄想して
文を書いたのですが
あの記事をブログに書いたその晩 私は お風呂に入って 頭を洗いながら
う~む やっぱり 紀皇女のほうが先に死んでいて
石田王が 悲しくて歌を詠めないから 山前王に代わりに詠んでもらったのかな。。
と考えておりました。
でも そうすると 石田王が亡くなった時の歌が 紀皇女作ってことは
ありえないわけだし。。
うがー!と 頭を洗いながら 悶々としてたわけです
その時 頭の中に ふと きれいな女性の手の映像が
浮かんできました
いつも こうやって 突然 ふっと 浮かんでくるのです
きれいな薄物の長袖をはおったような 天女の服装の感じの
ふんわりした袖口から出た 白い美しい手です
黒い背景の中に その手は 光り輝いていました
右手かな 一つだけ。
そして 同時に
 
ありがとう。。
と 頭の中に 聞こえてきました
いや 聞こえるっていうんじゃなくて
感覚っていうか 飛んでる っていうか。。響いてるっていうか。。
降りてくるっていうか。。
きっと恐らく その手の人が 言ってるのでしょう。。
優しく温かい 響きでした。。
紀皇女さんかな~。。
と 思いました。
私の読みが当たっていたので そのお礼かな とも思いました。。
そっか。。
当たっていたんだ。。
感謝してくれてるんだ。。
生涯が謎とされている方は 多くが 後世の人から 
その生涯を酷いものとして推測されがちですが
時として 権力によって 罪もないのに足跡を消される場合も あると思うのです
まじめにきちんと生きたのに 罪をかぶせられて 生きた証を消されてしまった方
たくさんいると思います
私はどうしても 紀皇女さんが 何か不貞を働いたとは
万葉集を詠んでみても 思えませんでした。
残された歌は 確かに 激しい内容のものでしたが
あの歌は 供養が必要なほどの 感情が籠もっているということで
万葉集に遺された特別な歌だと 私は思うのです
他にたくさんの 季節の歌とか 詠まれていると思います
実際は 母方の祖父の島流しを憂いながら 一生を静かに過ごした優しい方なのでは?
と 思えてならないのです。。
もしかして 多少のサイキック能力があったために
持統天皇に警戒されたのかも知れませんね。
いつも何かを 勝手に推測した後って
こういう ことが 起こります
これで 終わったんだな~って  
もしかして 呼ばれて考察させられたのかな~とも思ったりします
うげ。。怖い。。
今 一瞬 静かに停電して また復旧しました。。
ネットの接続も切れたのに このまま 画面が出てます。。
きっと これは 単に近くを工事してるからですよね。。
あー どきどきした。。

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