« 風邪~というか。。 | トップページ | またまた »

法隆寺

6月24日
次女が修学旅行で行ったので
また マイブームで法隆寺が復活しました。
本人は よく覚えていないと言ってます。。
もったいないなあ。。。
梅原先生は 隠された十字架で
法隆寺は 聖徳太子と太子の子等の霊を静めるための寺と
意見を述べておられます
学会では 無視されてるようですが
私も うん、鎮魂の寺だ!と思います
井沢先生も 逆説の日本史② の中で
さらに 藤ノ木古墳にも触れて
あの古墳には 祟峻天皇と穴穂部皇子が葬られているのではないかと
推理されています
ほん怖の玲子さんと視っちゃんの霊視では
穴穂部皇子と宅部皇子 と 出てます
崇峻天皇は赤坂天王山古墳に埋葬されてるそうです
で、逆説の日本史にも載っていますが
法隆寺の若草伽藍から 藤ノ木古墳まで
高麗(こま)尺で 1800尺なのだそうです。
1800ぴったりなんて意図的~。
ですから 法隆寺は 太子一族の他に
藤ノ木古墳も 鎮魂なさっているらしいのです
法隆寺の釈迦三尊像の台座の内側に
文字が墨書されているそうです
相見丂陵面楽識心陵了時者
陵の面(おもて)に相見(あいまみえ)よ、識心陵了(しきしんりょうりょう)を楽う(ねがう)時は
意味 陵に葬られている死者のために、陵をお参りしなさい
ということらしいです
藤ノ木古墳完成直後の7世紀に書かれた文字だそうです
穴穂部皇子が 蘇我・物部の争いで殺された後
太子が怨霊鎮魂のために この斑鳩の地を本拠地に選んだ
のでは?という推理なさっています
うおー 法隆寺はすごい寺です。。。
隠された十字架 には
法隆寺のちょっと普通の寺と違う特色が
たくさん述べられています
読んでいて わくわくします
法隆寺の7不思議も書いてあります
1.伽藍に蜘蛛が巣をかけない。雀も伽藍の堂塔に糞をかけない
2.南大門の石段の下に鯛石とよばれる大きな石がある
3.五重塔の九輪に4本の大鎌がささっている
4.不思議な三つの伏蔵がある
5.因可池(よるかのいけ)の蛙には片目がない
6.夢殿の礼盤(坊さんが座る台)の裏が汗をかく
  毎年、2月11日に礼盤を堂外に出して日光に当てると自然と水気を帯びる
7.雨だれが穴をあけるべき地面に穴があかない。
そのほか 学術的・建築的面での7不思議は 石田茂作氏(法隆寺雑記帖)が考えているそうです
1.中門中央の柱
2.金堂・五重塔の裳階(もこし)
3.中門・講堂中軸線の喰い違い
4.五重塔の四天柱礎石の火葬骨
5.三伏蔵
6.五重塔心礎(しんそ)舎利器(しゃりき)に舎利無し
7.若草塔の心礎
本来の 生きてる人間が来世の幸せや
亡くなった肉親の来世の幸せを願うという 
普通の寺の役割とは 造りも 違っているのですね
どうぞ 頼むからよみがえらないで~
といった感がある寺です。。
主な方の亡くなった日
穴穂部皇子 587年6月7日
聖徳太子  621年2月5日 または 622年2月22日
山背大兄王 643年10月14日または 643年11月11日
私が修学旅行に行ったのは高2の秋
もみじがとてもきれいな秋の 本当にいい季節でした
で、奈良にも京都から足を伸ばしました。
朝一番で 法隆寺を観ようと 早くに電車に乗って
開門一番の見学になるようにしました
小雨が降ってましたが 法隆寺に着いたら止んで 
いい具合の曇りの天気でした。
憧れの法隆寺です
グループのみんなとわくわくしながら
砂利を踏みしめ 
感動しながら 歩きました。
でも わくわくして歩いている私達なのですが
なんだか テンションが下がる気分で一杯になってきたのです。。
あれは 不思議でした。。
落ち着かないというか。。
私達 ここにいていいの?っていうか。。
私だけでなく、友達もみなそんな落ち着かない感じでした
その前日は京都のお寺を回って
うわー!落ち着くねー!すてきだねー!
もみじがきれー!
と ほんとに楽しく 歴史に触れていたのです
それが。。法隆寺は。。どうして。。?
と 私は思いましたねえ。
違和感というか。。すっきりしない感じでした。。
そして 多分 金堂でしょうか
歩いて はいろっか。。ということで入ったのですが。。
中には いくつか お像があって 観させていただいたのです。。
普通なら
うわー すてきー 立派ー おちつくねー
ありがたいねー
と感想がもれるはずです。。
確かに とても立派なお像でした
古くて 重々しくて。。。尊厳のある 。。。
だけど その建物に入るにしても とても勇気がいったのです。。
えっ・・入っていいの?
みたいな。。
なんというか この空気を私等が侵していいの?という。。
私達が 入ると このお像に悪いよね。。お邪魔だよね。。と
何かに遠慮してしまうというような感じで。。
勿論朝一番だったので
観光客はとても少なかったです
雨上がりで ちょっともやのたちこめる
とても 趣のある良い感じでした
だからでしょうか 一種独特の荘厳な厳かな空気に
法隆寺は満ちていたのです。。
早く言えば 怖い。。というか。。。
お像というのも 本来ですと
その前に行って 拝んで敬虔さを感じたりするものだと思うのですが
なんだか その時感じたのは
何か このお像は役割を持っているというか。。
この建物に人間が入って観るべきお像ではないな、
という 感覚でした。。
私等の前に 観光客さんが何人かいて
建物に入ったのですが
やはり 皆さん 
なんか納得いかないっていうか
落ち着かないっていう感じで
急いで出て行ってしまいました
私等も 中にあまり長い間 いられなくて
足早に出てしまいました。。
なんなんだ!と その時感じた感覚が
この間 ふと 思い出されました。
そして なんというか あまりにも静かすぎるお寺。。
普通 お寺は静かですが さらになんというか
墓地のような。。まあ お寺は墓地ですが。。
やはり 何かを鎮めているという感じというか。。
押さえつけてるといった感じでしょうか。。
その後 東大寺へ行って
鹿と遊んで 楽しかったので
すっかり 法隆寺のことは忘れてしまいました
今 思い出して
そういえば 時期が11月でした
山背大兄が 一家で自害した 時期ですね
今、日にちをみてびっくりしました。。
七不思議も なんだか 雨に関することもあります
あーに 不思議話があるってことは
やはり その寺には近づくなということだと思います
で 雨が何かからんでいるのかなとも思いました
もしかして 雨上がりや 雨の時って
何か 呪詛が少し解ける時なのでしょうか。。
それを 朝一で私は少し その場にいた人たちも
感じたのでしょうか。。
あの怖かった感じは 今でも思い出すと
うーーん。。って思ってしまいます。。
玲子さんの霊視で
藤の木古墳の穴穂部皇子は 呪詛がかけられているそうです
で、その呪詛は破れないそうなのです
破れないので 誰がかけたかもわからないというコトですが。。
やはり あのお方しかいないのでは。。私は単純に思ってしまいます。。
玲子さんと視っちゃんが苦手な うかつに手をだせない聖徳太子さん。。
ではないかなあと勝手に思います。。
こういう歴史の謎に取り組んでいると
元気になってくる私って一体。。。
次女がもらってきた法隆寺のパンフです

« 風邪~というか。。 | トップページ | またまた »

歴史」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 法隆寺:

« 風邪~というか。。 | トップページ | またまた »

2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ