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ブログ開設 その四

9月8日

ブログ開設 その四

実家に帰る途中 群馬県太田市に 朝子塚古墳 という 前方後円墳があります。
本にかいてあったネタかもしれませんが 長女の好きな自己紹介ネタで、
初めまして~○●◎子といいますーー
えーーとーー 趣味は読書で~~
好きな古墳は 前方後円墳です。えへっ
みなさん よろしくお願いしますーーー。
私も 好きで よく 思い出し笑いします
自己紹介で 古墳!?みたいな・・・
この ほのぼの感がたまりません~~
先日気付きましたが、前方   前が 方(ほう) で 後円  うしろが えん
なんですよねー
すっかり 鍵穴の形で 記憶してしまいましたが 逆なんですね~
前が 方墳で なだらかな三角形。 
後ろが  円墳で まあるくこんもり盛り上がっているのです。
記憶を修正するって 難しいです~~
その 朝子塚古墳ですが 被葬者は もちろん わかりません。
里帰りの時 いつも 車から眺めております いい形です。案内の看板が立ってます。
赤城山からの 風をうけ 大地の上に 黙って盛り上がっています。。
平成17年初秋の 庭の参道整備、 薬師寺東塔に似た鉄塔、 ふたこぶの二上山事件、
は そもそも ほん怖コミックス 闇に笑う女帝  を 手に入れてから 起きたことでした。
小学校の頃から 古墳 埋葬文化 に興味がありましたので
屈葬で埋葬されていた人の骨・・・などなど 骸骨の写真を興味深く拝見してました~ 
その頃は 変だと思わなかったけど 今 変な子 と思います。。自分で。
古墳て 死者を葬るためだけではないのでは・・??
と、ほん怖で 闇に笑う女帝が 掲載された 平成14年 ちらっと思いました
当時は 忙しかったので 特に調べることもできないまま
平成17年 うさぎやで 単行本に出会え 夢中になって読み返し 自分なりに調べ始めていた所に 
その一連のさわぎが おき始めたのです~
平成17年 初冬  ある晩 ふと その朝子塚古墳て 被葬者は誰だろう~
と、布団の上で 考えていました。
名前からして あさこ という かわいらしい12・3の女児かなーーと
魂をとばして 思いを馳せておりました。
後日 ネットで 調べりゃいーじゃんと はたと気付き、あちこち検索しました
結局 被葬者はわからず(当たり前ですが) しかも なんと 読み方を
間違えていたことが 判明しました・・・
あさこ  ではなく   ちょうし   と  読むんだそうです~~~
恥ずかCーーー!
あさこなら イメージわくけど ちょうし はイメージわかないなーー
とわたくしは 誠に勝手ながらくさっておりました。
ちょうしは どうも 中宮 定子 (ちゅうぐう ていし)が思い浮かび 想像しにくいのでした
それに 人の名ではないかもです。
ところが 考えるのをやめたのに、
なんとなく 私の頭の中か 心に 
飛鳥時代風の衣裳を身につけた妙齢の女性が 浮かんでくるようになったんです~
イメージが浮かぶって いうんでしょうかーー。
顔はわかりません。後ろ姿です。頭髪は結ってます。おうぎのようなものを持ってます
秋か、初冬か、草のたなびく平地から 遠い西の山を 見ているのです。
愚かな・・・ 
無念・・
もう少し 周りに気をつけて すきを見せずに行動していたら・・・
そのお方は なぜかそういう 誰かのことを悔やみながら その場所から、山を見上げ
衣裳を風になびかせながら 立っているのです。
お付きの 女官たちが何人かいます
そろそろ・・・あまり 人目につかないうちに・・・
見つかりましたら あまり よろしくございませんから・・・
控えめに 申し上げる女官にうながされ その女性は
高貴な身分なのでしょうか、その場を離れ、家に戻るようです。。。
その山を見ることは その人にとって少し危険というか、誰かに見つかると
やや厄介なことのようです。。
なにかしら この映像~~・・・
ちょうしちゃんが 誰かのことを思いながら 赤城山を見ているのかな~~
うーーん でも なんか 赤城山ではない気がするーー
空気が 群馬ではないよなーー
群馬は もっと 空気がすんで 空が青いもの~~
誰なんだろうーーこの人ーーー
どうも 亡き人を慕ってるというか 責めてるというか あきらめてるというか・・・
わからないまま 私の興味は 万葉集 へと 移っていきました。
9月7日

皇室 男児 ご誕生

昨日 9月6日 秋篠宮家 紀子さまが 男児 ご出産 ということで
まことに おめでとうございます
新聞 テレビ等の 報道のすごいこと すごいこと!
平成の御世で、これだけなのですから
平安時代とかは どれほどの騒ぎだったのでしょう~
きっと ものすごい お祝いの日々が続いたのでしょうねー
色々 皇太子妃雅子様を 気遣う声も聞こえてきますが
わたしは 雅子様ももう お心安らかになさって 
男児出産というプレッシャーから逃れて欲しいと 切に思っております。 
適応障害 というご病名ですが
女性なら 出産後 多かれ少なかれ 子どもが10歳くらいに成長するまで
誰でもなりますから
どうか のんびりと ゆっくり 静養なさって休んで欲しいです。
いろいろ 新聞で 週刊誌のタイトルを見ますが 
まー 悪意のある記事の多いこと 多いこと
よくまー これだけ 意地悪姑的発想で 記事がかけるなーと
逆に 感心してしまうほどです。
愛子様が 人前で笑わない  なんて・・・・
あのですねー きちんとしつけられた お子ちゃまは
幼児のころ 人前 とくに カメラとか 知らない人たちが大勢いるところでは
笑わないものなんです!
むしろ 幼児が 知らない人の前でにこにこ笑うほうがおかしいんだっちゅうの!!
秋篠宮家の眞子ちゃまも笑わないでしょ!!(うちのこも笑いませんでした!逆ぎれ)
皇室は とても 世間とかけはなれています
シャンプー・リンスも つかっていいことになったの 割とつい最近 
10年前か 20年前です。
それ以前は 椿あぶら だったそうですから
いかに 伝統と 昔からの規則に縛られているかですよ。
ほんとに 雅子様もよくがんばっていらっしゃると 思います。
1000年以上の歴史をもつ 天皇家です。
私も 興味があって 飛鳥 奈良 平安 と 色々調べてますが
・・・・・・・!と 絶句してしまうほどの さまざまな歴史を秘めた皇室ですから
普通の方なら 精神が参ってしまって当然と 思います。
雅子様の 守りの後ろの人たちも がんばっているのでしょうがねー
あと少しで きっと 守りが完成できると思うのですが・・
世継ぎ とか 男児とか 女児とか もう 誰が継いでもいいです 
なんて 不謹慎なことを思うのは私だけでしょうか~
才能ある 雅子様が いきいきと 皇室親善大使として
外国の方と かっこよく対応されるニュースを見たいなー
と、同年代の私としては思います。
ご自分のキャリアが生かせるのが一番の幸福とも思います。
何年か前の新聞で読みましたが 皇室というのは
とても 諸外国に 人気があるのだそうです。
だから 日本国の外交に とても重要な親善大使のお役目を
果たしているんだそうですよ。
そして、きっと 多分 日本国を守る 秘密の祝詞もたくさん
おありになるんだろうなーと、私なんぞは勝手に思っております。
友人が言ってましたが、
お母さんのおなかの中で、男の子を妊娠するほうが簡単なんだそうです。
女の子を妊娠するほうが 難しいんだそうです、生理学的に??
我が家は女の子二人。。そうかー難しいほうだったんだーー私って天才!
友人の友人が20年近く前 出産した時 女の子が生まれて
見舞いに来た姑に
お義母さん 女の子でしたよー
と、言ったら その義母、嫁さんの目も見ずに むすっと
次は 男の子ね!
と 冷たく言い放ったそうです~ こえーーー!!
そんなこという義母の老後の世話なんぞしたくないものですねーー
今では すっかり 女児礼賛ですよね 世間は。
老後の世話もしてくれるし すごく頼りになります。
だから、皇室もきっと 世間の傾向で 女児が続いてるとおもうんですよね~
我が家の子等は
すっごい いけめんの男に生まれて いっぱい女の子ナンパしたかった!!
なんて 言ってます、
世の中の男性 誰もがそうに思ってるよ、 と私が言っても耳を貸しません。。。。
自分が 男に生まれていれば 絶対 いけめんだった!!と、言い張ってます。
(何を根拠に・・・)
新宮様に 天皇がお授けなさる 守り刀は すでに 仕上がっているそうです。
79歳の人間国宝 刀剣作家 天田昭次さん(新潟県新発田市)が8月中旬に
刃渡り26センチの一振りを完成させた と今朝の読売新聞に載ってました
長女に言ったら
いいなー じゃー我が家もそうするってことで うちにもちょうだいー今ー
と欲しがっていました。あのこの欲しいのは 日本刀ですが。。。
どうも、私の父方の先祖の血が色濃く出たようで、戦国系の戦うゲームに夢中だし
刀とかに 興味があるし この平和な代になんなんだと思います。。。。
 
9月6日

ブログ開設 その参

鉄塔に気付いた数日後、同じく 夕方
二回のベランダで 洗濯物をとりこみながら
なんとなく 西の山々を きれいだなーーと ながめていました。
19年間で 初めて といっていいほどです。
いつもなら 山があるなー で 洗濯物をとりこむのに忙しく、見過ごしていました。
宇都宮の 名も知らぬ いくつかの西の山々 と、 日光 男体山が 見えます。
あの鉄塔も見えます。
一階の 家と物置の間の部分もきれいになり、ベランダから見下ろしても
とても  見栄えがよくなりました。
それにしても あの鉄塔が 薬師寺の 東塔ねー
と、山々をみながら ぼんやりしていた私は ふと 
いつもなら良く見えない山がひとつ、鉄塔の左方面に
その日は はっきり 見えることに気付きました。
その山にはこぶが ふたつ ありました・・・
えっ  二上山・・・・・?
びっくりしました 18年間 で 初めて気付きました
目線から やや 左にある山で、おまけに 色が薄い(こんな言い方も変ですが)
きっと控えめな山なのでしょう。
えーーーーー!!!
なんで、こぶが ふたつあるからって 二上山と思うのよーー?
あーでも たしかに・・
奈良の 藤原京 の 西の山の 二上山 に似てるかも~
その雰囲気が神々しいとことか 夕焼けが似合うところとか。。。
本物の 二上山の写真とは 左右のこぶの大きさとか 違いますが
でもまあ 宇都宮の二上山と称してもいいような 雰囲気の山でした
名前は絶対 違うものが ついているでしょう。 わからなくて申し訳ないです。
奈良の二上山は 大津皇子の陵墓があるとして 有名です
私は その頃 あまり 悲劇の皇子である大津皇子には興味はなく ただ 
皇子の墓を 二上山 の山の上に 移した ということぐらいしか知りませんでした。
そのとき 心の中か 頭の中か わかりませんが
あの山を見て 二上山と思い 心の 慰めにしている
ということが 浮かびました。
しえーーーー!!!
もしかして 山を拝むから 家と物置の間に参道を 作ったのって
このことだったのかしらーーー
わたしは 今までのことが 全てつながっている・・・ と、感じました。
山を拝む場所を作らせ 鉄塔を 薬師寺東塔に見立て
山を 二上山 と 慕っている・・・・
一体 誰なのでしょう。。。。
9月5日

ブログ開設 その弐

神社の参道 発想 に続いて その少し後日。平成17年 初秋。
やはり、仕事帰りの時のことでした。
我が家は、保育園のそばにあるので、夕方5時を過ぎると、
保育園のお迎えラッシュになります。
保育園をでた車が、大道路に出る途中に我が家はあります。
道が狭くすれ違えませんので、私は、大道路のまんなかで
右折ランプを出し、保育園の車が道路に 全部 出るのを待ってます。
5時を過ぎると、保護者の車が次々と道路にでてくるので、
5分ぐらい、私は 道路の真ん中で、右折できるチャンスを待っているのも
しばしばです。
嫁に来て19年間、いつもそうしてきましたが、
その日も、次から次へと、保護者の迎え車が出てくるので、中々 右折できません。
私は、運転席から ぼけーーっと、西の空を 見ておりました。
うわーなんてきれいな夕焼けなんだ~
仕事後の夕焼けは 格別~~~
おっ 鉄塔があるーーー
薬師寺の五重塔に似てるね~~
          
えっ??? 
私、今 何 思ったの?
薬師寺の五重塔~~~~????
確かに、塔に見えなくもないこともないけど~
なんとなく 似てるし~~~
でも、どこから 来たの???その 発想????
奈良? どこ??
えーーーーーーっっ????!!!!
右折して、帰宅後、あわてて調べました。
あらーーあるわーーー 奈良 やくしじ 東塔ーーー
よく読むと 実は 三重塔だが、裳階があるので、6重塔に見えるという~
なんだ、五重塔じゃないじゃん
やだなー 変なこと 思って(苦笑)・・・・・
でも、気になりましたので 
次の日 また 道路の真ん中から その鉄塔を見てみました。
鉄塔は 多分 電線を あちこちへ わたすために立っているものでしょう~
いくつも立っていますが その道路の真ん中からは
どーんと 一つが  立派にそびえているのが、いい感じに見えるのです。
私は 好んで 鉄塔 と呼んでおりマウス
子等が 幼い頃 回らない口で てっとー  てっとー と呼んでいたのが懐かしい~
そして、一階 二階  にあたる部分を数えてみましたところ
なんと! 階? の部分は 6つ あったのです・・・・・
あらーーー 。。。。
夕焼けの中にたたずんで、ほんと 奈良の薬師寺 東塔によく似てる~~~
つまり、
 
私は 過去19年間 そんなこと 一度も思ったことがない ですが
何かが  私の頭の後ろか  頭の中で 
あの鉄塔は 薬師寺 の 東塔 に似ていると言った? 指摘した
でも、私の記憶としては 薬師寺の塔は 五重塔 だったので、
私の言葉として出てきたのは 薬師寺 五重塔 に似ている という認識だった。
実は それは 私の記憶違いで、薬師寺の塔は 実際は 六重塔に見える三重塔である
鉄塔も 数えてみたら 実は 六重塔 であった・・・
そうなんです 
なにか  何者かが そう ささやいたとしか 思えないです。。
庭をきれいにして 山を拝もう  というのも もしかして・・・・ 
・・・・その後もまだ  続きました・・・
わが家の二階のベランダから 撮影した 鉄塔

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